2012年04月19日

占いエッセイ 31 中国・開運整形

近頃中国では、開運整形をする男性が増えているのだとか。

さすが中国四千年、占いの本場。

(もっとも現代の若い中国の人たちは、自国が多くの占いの発祥地だということをあまり知らないそうですが。)


さて、男性の開運ポイントは鼻。

鼻筋を太く、高く、まっすぐにし、小鼻は肉付き良く。

これで、金運・リーダーシップ・中年期の運気アップが期待できるならと、親も賛成して費用を出してくれることもあるのだとか。

その整形費用は27万円くらいだというから、中国の平均年収…地方によってかなり差があるが…およそ50〜60万円に対し、年収の半分くらいかかるというわけ。

それを鼻ひとつにポンと出せるとは、もうすでに親はお金持ち?

それとも、一人っ子政策による大事な一人息子に対する先行投資?

確かに立派な人物に見える鼻になるでしょうが、それを整形で手っ取り早く手に入れようとは、儒教の国も変わったものですね。
posted by ピクシーダスト at 15:13| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月31日

占いエッセイ 30 2011.大晦日

2011年、激震の年も穏やかに暮れていきます。

昨年の今頃は、『来年は(九星術で)七赤金星、九年に一度の金運の年』という事で期待した向きもあったでしょうが、現実は…。

未来予想とは難しいものですね。

年半ばで見つけた記事に、『今年辛卯(十干十二支で、60種類のうちの一つ)は、内部に辛さを抱える年。』ありました。

それ、分かってたのなら早く教えて!と言いたいところですが、さすがにこの事、年末年始に取り上げられませんよね。
せめて、辰年は十二支の中でも縁起の良い年、という事を信じて頑張りたいものですね。
posted by ピクシーダスト at 20:23| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月11日

占いエッセイ 29 風水

またまた久々の更新となってしまいましたが、一体何をしていてこんなに久々になってしまったのかといいますと、実は大掃除なのでした。

季節はさかのぼりますが、7月半ばになんと上階から二度の水漏れ事故。

初めての事で、茫然となりながらも、仕方無く後始末に励んでいたら、つい止まらなくなり、おおごとの大掃除に発展。
空前の収納・片付けブーム、断捨離ブームに背中を押されるように押し入れの中まで全部ひっくり返す騒ぎ。


この流行り、震災後毎日を大切に生活したいという気持ちのあらわれと分析する向きも、もちろんありますが、七・八世紀頃日本に根付き、1990年代に大ブレイクしたお掃除を薦める『風水』の影響の名残りもあるのでは、と思われます。

もともと高温多湿の日本。
『汚い家に幸運は来ない』も、『トイレの神様』も『風水』も、不潔な環境が病を引き起こすという記憶があるからなのではないかと思われますが、どうでしょう。


ところで、大掃除の後何か良い事があったかというと、実は数日寝込みました。
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2011年09月01日

占いエッセイ 28 中国占い史 2

古代中国では、今より三千年以上前からすでに占いが非常に盛んで、何でも占っていたためエピソードに事欠きませんが、『すごい!大当たり!』という話は、意外なほど少ないのです。

中で最も有名な『当たりエピソード』といえば、二千二百年ほど昔の劉邦の出世物語でしょうか。
劉邦は、農家出身の下役人。
いい年をして大して働くでなく、好き勝手にやんちゃしているだけにも関わらず、やたら人気だけは高かったのです。

ある時、大家の呂公と言う人が転入して来て大がかりな引っ越しパーティーを開いた時、祝い金も持たずにただ飯ただ酒に預かっていた劉邦の人相を観て、『私は若い頃から観相術をやっていたが、あなたのような立派な相は初めて観た。是非とも私の娘をもらって下さい。』と言ったと史記にあります。

この時劉邦すでに44歳。妻子もいましたが、呂公の娘は第二夫人になりました。

劉邦の人相についでは、世界史の教科書や図版に載っています。

身長は180センチを超え、大きくどっしりした顔の輪郭。高い鼻、立派な髭は父親が人ではなく龍だったからと言われています。

劉邦はその後、秦が滅びると47歳で蜂起し50歳で漢王になり、54歳で漢の高祖、つまり皇帝にまで登りつめます。
こう書くと10年、トントン拍子のように見えるかもしれませんが、実は大変な苦労の連続でありました。
詳しくは史記で。

呂公の娘は皇后となり、呂后と呼ばれます。

呂公の読み通り、呂氏一族は高祖の外戚として大繁栄します。

そして、農家の嫁から皇后となった呂后は大活躍を始めます。

手始めに夫劉邦の優秀な部下たち…今は国王になっている…の皆殺し作戦です。
敵が滅びた後の新たな敵は、有能な部下達。謀反など起こされてはひとたまりもありませんから。

二人の国王とその一族の皆殺しの後、他の国王が反乱を起こします。
そしてその戦いで負った傷がもとで、劉邦が亡くなります。享年62歳。

夫の死後、呂后は夫の側室とその子供たちを皆殺しにして、漢朝の皇帝の座を劉氏から呂氏にシフトさせようとします。
呂后の殺人政治は劉邦の死後15年続き、一体何人殺したのか自分でも分からなくなった頃終わりの時が訪れます。
悪霊に咬まれた傷が治らないのです。
占い師によると毒殺した側室の息子の祟りだとか。

呂后の死後大反乱が起こり、なんと2ヵ月のうちに呂氏一族は皆殺しにされてしまったのでした。

そして皇帝の座は劉氏に戻り、以後400年続き、三国志の時代へとつながっていくのです。

はてさて、この占い吉だったの?凶だったの?

確かに22年間はこの世の頂点を極めたでしょうが、結果呂氏一族滅亡。

まさしく、勝ちて不吉。

さすがの呂公もそこまでの未来は読めなかったのでしょうか。
posted by ピクシーダスト at 00:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月31日

占いエッセイ 27 姓名判断 小松右京・小松左京

今月7月26日に、『SF界の巨星』『知の巨人』と呼ばれた作家の小松左京氏が亡くなっていた事がわかりました。

残念です。
日本はまた、大きな知性を失ってしまいました。
ご冥福をお祈りします。

新聞各紙にさまざまな追悼文が掲載されるなか、こんなコラムがありました。

『小松左京』というペンネームは、姓名判断に凝っていたお兄さんが考えたもので、『小松右京』なら大金持ちになれる、『小松左京』なら新しいことができると言われ、迷わす『左京』を選んだというものです。

では、占ってみましょう。

実は、『小松右京』も『小松左京』も画数は全く同じです。
総画数…24
人画数…13
外画数…11
地画数…13

さすが姓名判断に凝っていただけあるお兄さん。
全て吉数で構成されています。

『右京』でも『左京』でも、どちらも総画数24。
お金に恵まれる富貴数です。


そうすると、違いは漢字の意味と言うことでしょうか。

古く中国では、右を尊び左を卑しむ習慣があったことから、右は正当や保守、左は異端や革新のイメージ。
確かに左の方が、とらわれずに新しいことができそうですね。

それに小松左京氏は顔相で観ても、輪郭から目鼻のいずれも尖ったところが無い富相。人の助けが得られる良い相です。

などと言ったからといって、『名前の画数も顔相もいいから成功できたんだぁ。うらやましいなぁ。』なんて短絡的に思わないで下さいね。

今からおよそ二千六百年ほど前の中国は斉の国の名宰相と言われた管仲が『管子』の中で人物の鑑定法について言っています。

『怠け者は何をやってもダメ。神業のような能力もつまるところは努力の賜物。』だと。
posted by ピクシーダスト at 04:39| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする